23. Juli 2020
普段、朝の3時か4時に起きて、少し仕事をして、二度寝するかランニングに出るのだけれども、今日はそのいずれもしなかった日。
自宅の前の建物の工事による日中の騒音がなかなか大変で、かといって、今は気軽に文書館や図書館にも出かけられないので、朝のこの静寂がありがたくて、しばし考えごとをする。
写真は、St. Ives.
バーバラ・ヘップワースのアトリエがある町。
そのアトリエを訪れてみたくて、ランズエンドからバスに乗って向かったのだった。
日本だと彼女の作品は箱根の彫刻の森美術館に常設展示されている。
高校生の頃によく通って、いつかアトリエを訪れたいと思っていたのよね。
私がもし先生に出会わず、先生と仕事をしていなかったら、糸が切れた凧のようにただ、ただ旅をする人生を送っていた可能性がある。
生計が立てられていたかどうかは別として、旅行作家として暮らしていたかもしれない。
執筆言語は英語だっただろう。
地球上から姿を消してしまう前に、精霊信仰が今も生き続ける土地を旅して、記録を残すような仕事をしていたような気がする。
根っからの遊牧民族なのだな。
サーミ博物館を訪れるべく、イナリにも出かけたけれども、自分の感覚にとても近い世界観が展開されていた。
今の世界で母国の外を移動し続けるには、現実問題としてビザのことをクリアする必要があるけれども、生き方としては一箇所に止まらないことが自分にはぴったりだという気がする。
なぜか、そう思うたびに、全く違った方向に引き上げてもらう。
出会う人に社会的な力があったり、私にとっての特別な魅力があって、ぐいぐいと引っ張りあげてもらったり、その人から何かを学びたいと思わせてもらうことで、つなぎとめてもらえる。
料理の仕方を自分で知らない素材みたいな扱いをしてもらっているのだろうと思うけれど、その危うさは、亡くなった俳優さんに少し近いものがあるような気がして、なんとなく人ごとには思えなかった。
彼がなぜ亡くなったかはわからないけれど、心のありかと身体のありかがずれすぎるとしんどかっただろうな、ということは想像する。
人間は幽体離脱して生きてゆけない。
もしも私が一つだけ仕事を残すとしたら、それは翻訳なので、
翻訳したい本をカバンに詰めて、好きな場所で仕事をする暮らしを送るだろう。
家というのは隠れ家のようなものでいい。
トーベ・ヤンソンさんの夏の家のような場所を世界の好きな場所にいくつか持ちたい。
そのうちの一つは確実に北欧。
今日も穏やかな良い1日に。